谷口幸三郎 えをかくせいかつ

初めての油絵の具

油絵の具に出会ったのだ。 正確に言うとチューブに入った絵の具ではなくて油絵として描かれた画布の上の油絵の具に出会ったのだ。

いつのことだったか。たぶん小学4年生だったか5年生だったろうか。その油絵をどこで目にしたのかのその絵の記憶はない。ほんものだったのか図版だったのか。とにかく油絵の具で描かれる重厚で、つややかな画面に。 いままでの自分が知る水彩絵の具で描かれたものとは異質なもの。未知にたいするほのかなあこがれとでもいうのであろうか。まわりの誰もが描いていない油絵を描きたくてしかたなかった。 しかし手元にあるのは絵の得意な僕が何かのコンクールで入賞した賞品としてもらったギターペイント(今でもこの会社はあるのかしら)の水彩絵の具セットだった。 それでいろいろな絵を描いたが、母の使うミシンを描いたこともあった。

鋳物でできた脚を描いたのだ。ミシンにはミシン油が備えてある。背を押すとペコペコと音の出る容器に入ったミシン油。油!それに絵の具もある。

僕は画用紙の上ににゆるりと絵の具を出しペコペコと油をたらし、そう。混ぜ合わせれば油絵の具のできあがりだ!しかし水彩絵の具とミシン油は混ざるはずもなくただ画用紙に黄色い油のシミが広がるばかり。大失敗。よほどがっかりしたのか今もその時の気持ちは記憶の中に留まっている。

今なら水と油は混ざらないことを知っているからまずやりはしない。幼い僕はわくわくしながらやってしまう。この出来事を思い出すたびに大人になりすぎてしまった自分を思いだす。大人になり多くの知識を得、多くの画材も手にしたけれど失ったものもまた多い。 そのことは天使園の子どもたちの絵を見ればよくわかる。愛成学園の人たちの絵を見ればよくわかる。僕が初めて油絵具を使って自画像を描いたのは高校1年生の春のこと。そして水で描ける油絵の具が発売されるのは僕の大失敗からおおよそ20年後だった。

 
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